ハイランド幻想
ハイランド幻想


“目を開くと、既に対岸の様子も判らぬほど、周囲は完全な夜の闇に包まれていた。星明りの空の明るさと対照的に、その下の大地は密林の木々の輪郭だけを残して何もかもが黒い色の中に沈み込んでいる。夜が、実はこんなにも暗いものであるということを、私はすっかり忘れていた。――『ハイランド幻想』の「バリ島綺談」より抜粋”

この本は短編集だ。これまで、この作家の短編を読んだことがなかっただけに、短編10作を含んだこの本は、色々な意味で期待を裏切ってくれた。色々な意味で・・・とあえて付け加えたのは、マイナス面も含めて・・・という意味だ。彼の作品には、しばしば、輪廻転生(もしくは死後の世界)に関する記述が見受けられる。この短編の幾つかも、それを踏襲している。これは、小説というより、作家自身の希望的観測なのではないだろうか。自分としては、輪廻転生を特に信じているわけでも、否定しているわけでもないが、彼の作品の独特さがよく表れている部分だとは思う。
計242ページに10作品が掲載されているので、なかには、本当にショートストーリーの感じのものもある。これらについては、はっきり言って、スペースを埋める為に書かれたのではないか・・・と思われる作品もあって、正直、すこしがっかりした。やっぱり彼の作品を読むなら長編を・・・と思ってしまった。
何だかマイナス面ばかり書いてしまったけれど、小粒的に一つひとつが光っている作品もあるので、必ずしも全てを否定しているわけではない。短編というのは、その中のどれか1つがとても良くても、全体としては、そんなにたいしたことがない本である・・・という烙印を押されてしまうことが多いので、評価を迷ったが、結局、全体としての印象を優先した。

ジャンル:小説(文庫本)
評価:☆☆

2005.07.27 Wed l 小説 l COM(0) TB(0) l top ▲
黒い雨
黒い雨

“「この境内のわきの往来の人は、みんな灰か埃のようなものを頭から被っていた。血を流していなかったものは一人もいない。頭から、手から、裸体のものは胸から、背中から、腿から、どこからか血を流していた。頬が大きく膨れすぎて巾着のようにだらんと垂らし、両手を幽霊のように前に出して歩いている女もいた。・・・」――『黒い雨』より抜粋”

この本を読んで、中学の時の修学旅行で行った広島の平和公園を思い出した。多分その当時の時点でも、自分はこの本の存在を知っていたと思う。ただ、この本を読む事はなく、その代わりに『はだしのゲン』というこれまた原爆について描かれた漫画を読んだ。この漫画は、本当に強烈だった。
自分は広島に生まれたわけでもないし、親戚者に広島出身の者がいるわけでもないから、自分と広島の接点は、中学3年の修学旅行を境にしてぷっつりと途切れてしまっている。それでも、またいつか広島の地を、あの平和公園を訪れたいとずっと思っていた。その気持ちはこの本を読んでより強くなった。日本に帰ったら、必ずまた広島を訪れる事だろう。
日本人として、知っておかなければいけない事実が其処にあるから。

余談だが、日本人が知ることも去ることながら、アメリカ人も最低限の知識として原爆について知っておいてほしいと思う。アメリカ人は、今でも、原爆が戦争を終わらせる為に必要だったと信じている人達が圧倒的多数であろうし、その事実はこれからも変わらないかもしれないけれど、でも、歴史をしっかり捉えていけば、原爆は明らかに余分なものであった。日本軍は、原爆を落とされる前からもう疲弊仕切っていたし、反撃できないのも明白だったはずだ。
それでも原爆を落とした結果、何が起こったのか・・・。たくさんの人が死んでしまった・・・ただそれだけを知っているだけでは不十分だ。今でも原爆病に苦しむ人達がいる。彼らの人生はたった一度の爆発で変わってしまった。
ただただ静かに真実を知ること。
その重みを自分たちは今一度、噛み締めなければならない。

ジャンル:小説(文庫本)
評価:☆☆☆

2005.07.19 Tue l 小説 l COM(0) TB(1) l top ▲
タマリンドの木
タマリンドの木


“人は結局は自分のために愛するのかもしれない。自分らしい自分のために、自分以外の誰にも愛しようのない相手を選んで自分だけのやり方で愛する。一緒に暮らして相手の上に自分を投影しようと試みる。その二人でなくてはできない生活の展開を考えて、それを実現しようとする。・・・――『タマリンドの木』より抜粋”
もし自分の好きな人が、自分とは全く違う場所で生活していたとして、そのすき間をどのようにして補えるだろうか?電話、手紙、メール・・・これらを利用する事は出来る。そしてそれは確実に、何もない状態よりははるかに良い。けれど、これらには一番大切なものが欠けている。そこにいるという存在感。いくら電話で話した所で、その相手の声の存在からその相手自身の存在感が、果たしてどれほど感じられるだろうか?
また、この本は恋愛小説でもあると同時に、タイとカンボジアの難民キャンプで働く女性が登場するため、日本と発展途上の国々との関係も考える事が出来る。援助する・・・という視点ではなく、共に生きて支え合うという視点。絶望の中から、ほんの僅かな希望を見つけ出すことはとても困難だ。それでも、その地で生きている人達は、それを見つけ出さなければいけない。
でも、ひとりじゃない。
人はひとりでは生きられないから。
その事実は、本当の暗闇でも力強い輝きを伴って全ての人の希望になるだろう。
ジャンル:小説(文庫本)
評価:☆☆☆



2005.07.16 Sat l 小説 l COM(0) TB(0) l top ▲
風の歌を聴け
風の歌を聴け

“「時々ね、誰にも迷惑をかけないで生きていけたらどんなに素敵だろうって思うわ。出来ると思う?」
彼女はそう訊ねた。
「どうかな?」
「ねえ、あなたに迷惑かけてないかしら?」
「大丈夫だよ」
「今のところはね?」
「今のところは。」――『風の歌を聴け』より抜粋”

この本が村上春樹のデビュー作だということさえ、自分は知りませんでした。彼の作品は、これまでに、『1973年のピンボール』と『ノルウェイの森』しか読んでいません。でも、それは嫌いだからというわけではなく、むしろその逆で、きっと彼の作品を読み始めたら、他の作品も次から次へと読み漁りたい衝動に駆られるに違いない・・・と思っていたからです。案の定、この本を読み終えて、自分はもう既にほとんど記憶から薄れてしまっている『1973年のピンボール』を再読したくて仕方がありませんが、こちら(NZ)では読む機会は手に入れられそうにありません・・・。
彼の作品の魅力の1つは、その深い哲学観にあるのでは・・・と思っています。さりげなく、登場人物に人生について語らせてみたり、言っていることが、いちいち的を射ている(正しいかどうかは別として)と思うのです。突然に、がらりと話の内容を変えてしまう所なんかは、やや強引な感じもしますが、これもまた、村上流?なのかもしれません。

最後に余談として・・・何が普通で何が普通でないのか?ということについて、時々、考える事があります。自分にとって普通だと思うことも、他者にとってそれは往々にして普通ではないということが有り得るからです。だから、本当はこういう2元的な枠の中で物事を捉えるべきではないと思うのですが、村上作品を読んで、普通か・普通でないかの2者択一で答えるとするならば、間違いなく後者であろうと思います。
ジャンル:小説(文庫本)
評価:☆☆☆☆


2005.07.11 Mon l 小説 l COM(0) TB(1) l top ▲
ティンカーベル・メモリー
ティンカーベル・メモリー

“「生まれてくるときに、前世や、それよりもっと前の過去世や、そして天国での約束を忘れてしまわねばならないことを、ティンカーベル・メモリーと呼んでいるんです。そして私は、ティンカーベルがウェンディたちの記憶を消してくれたことは、素晴らしいことだとも考えています。」――『ティンカーベル・メモリー』より抜粋”

1冊の本に対しての印象は、その本を読んでいる当人の状況によって、様々に変化する・・・というように思います。例えば、この本を読んでいた時に、自分は風邪をひいていて、それも結構酷いものでした。そんな状態になっても、本を読むという精神は、異常だとしか思えませんが(苦笑)、とにかく、この本は自分にとって「風邪をひいた」という自分の体験と密接に関連してしまっています。だからきっと、いつか、この本のことをまた思い出すときに、決まって、
「ああ、あの風邪をひいてた時に読んだ奴か・・・」という感じで思い出すでしょう・・・あまり良い感じではないけれど(苦笑)。
何故この本を読もうと思ったのか?それは、ストーリーよりも作者に惹かれて・・・という感じです。同作者の違う作品「さよならブラックバード」という、いじめをテーマにした本を以前に読んだ事がありますが、これはかなり良い作品だと思います。・・・この本を読んだ時も、確かちょうど風邪をひいて学校を休んでいた時でした(苦笑)。多分、この作者と自分は波長が合わないか、合い過ぎるのかどちらかでしょう・・・願わくば後者を希望します(笑。

・・・ああ、本の感想を書き忘れるところでした(おぃ)。正直言って、死後の世界を全否定する人にはオススメできません。そういった内容を含んでいるので。でも、人が死んでからどうなるのかなんて、誰にも分からないのだから、転生をしたりする可能性があったら、それはそれで素敵なことではないかな・・・と自分は思います。
読み終わった後に、心の中がほのかにあたたかな気持ちで満たされている・・・そんな小説です。
ジャンル:小説(文庫本)
評価:☆☆☆

<注意書き>
この本の更新から、本のジャンルと評価を星のマークで付け加える事にしました。星のマークは、☆(最低)〜☆☆☆(普通)〜☆☆☆☆☆(最高)です。5つ星が最高ということになりますが、少し厳しめで評価していくつもりです。もちろん、これはあくまでも、ヒーラム(管理人)の嗜好なので、あくまで一目安として参考になさってください。

2005.07.11 Mon l 小説 l COM(0) TB(0) l top ▲