セイジ
セイジ


”「・・・・・・人間はよ、カナシクなるほどに、色んな事に気がつくものさ。カナシくなりゃなるほど、色んなものがみえて気もする。日が暮れるにつれて星の光にふと気付く様なものかも知れないな。――星は、いつだって空にあるんだけどよ、明るいうちは見たくったって、見えやしないのさ。――まぁ、星に興味の無い奴は、ずっと陽の当るところに居ればいいがよ、だけど人間は、もしかしたら、星を目にするために生まれてきたんじゃないのかな。・・・・・・オレは、そう思う事があるよ」――”『セイジ』より抜粋
ジャンル:小説
評価:☆☆☆☆☆

2編の小説から構成されているこの本は、その2編とも、主人公が1人の人物について語るスタイルを取っている。主人公はあくまでも、その人物を引き立てる役割をしているに過ぎず、そこが、ある種の客観性を持っていて読者の興味を惹いていく。

ここにある人物がいる。
その人物と私の関係は、これこれこういうもので・・・というふうに始まって、何か事件が起こったときでも、主人公は、その人物の感情を想像するしかない。つまり、この本には主観性が具体的に描かれてはいない。常に第三者からの視点を持って物語は展開されていく。

また、この本で語られている人物たちは、ものすごく深い魅力に満ちている。決して上辺だけを知っているのではない、人生の辛さや悲しみ・・・そういったものを真正面から受け止めてきた人たちだから。

生きる・・・そのことが
まっすぐに 率直に 書かれている。
本当に良い小説だ。
読み終えて、素直にそう思った。

2006.04.30 Sun l 小説 l COM(2) TB(0) l top ▲
ダウン・ツ・ヘヴン―Down to Heaven
ダウン・ツ・ヘヴン―Down to Heaven

”一人だけの方が、僕には適している。
この方が、自由。
摩擦がない。
周りに、人間が沢山いることが、一番の不自由だった、とわかる。
そのとおり。
のびのびと、ゆっくりと、生きていこう。
そして、死ぬときは、どこか高いところから飛び降りれば良い。堕ちていく間、しばらく本当に空が飛べるだろう。自分の意志で、誰のためでもなく死ねるなんて、こんな幸せはない。
最後はそれだ。
楽しみは最後にとっておかなくては。――”『ダウン・ツ・ヘヴン』より抜粋
ジャンル:小説
評価:☆☆☆☆☆
飛び降りるという行為には様々なシチュエーションが考えられるけれど、飛び降り自殺をしたいという人は、まずスカイダイビングをしてからそれを考慮した方が良い。僕はスカイダイビングをしたことがあるけれど、あれは飛んでいるというよりも、落ちている感覚に近かった。最後くらい空を飛びたい・・・そんな思考は理想として存在するかもしれないけれど、現実には人間は所詮、何かの力を借りなければ空を飛ぶことなんて出来ない。

この小説は、戦闘機に乗る子どもたちの話。
続き物であり、この本を読む前に、『ナ・バ・テア』と『スカイ・クロラ』(前作)を読むことを強くお勧めする。それにしても、この世界観。どうしようもないほどの倦怠感、けだるさ、生きることへの諦観、なによりも冷静な思考とそこから生まれる焦燥感・・・そういったものが、この小説の魅力だろう。

人間は空に憧れてきた。
そして、空を飛ぶためにさまざまなものを作ってきた。
でも、最後には必ず地上に戻ってこなくてはならない。
どんなに空が好きだって、僕たちは天上人にはなれない。その物悲しさ・・・虚無感といったものが、圧倒的な表現力によってダイレクトに読者に伝わってくる。だから、僕はこの作品が好きだ。

ダウン・ツ・ヘブン(Down to Heaven)。
天国へ落ちていく・・・という意味だろうか?
余談だが、似たような言葉に「Down to earth」という言葉がある。この言葉の意味は、「現実的な」という意味だ。地球と天国を対照として考えると、「非現実的な」という意味とも推測できる。

付け加えると、このシリーズは、毎回、ハードカバーの空の色に合わせて、物語の舞台も変化していく。今回の表紙は灰色の曇り空。その空の中を自由に踊る戦闘機たちの華麗なる飛行。一人でも多くの人に、この本の魅力を体感して欲しい。
2006.04.26 Wed l 小説 l COM(0) TB(1) l top ▲
猛スピードで母は
猛スピードで母は


”「あんたはなんでもやりな。私はなにも反対しないから」そういうとパンを皿に置いて、両手を大きく広げて見せた。
「若いときは、こんなふうに可能性がね。右にいってもいい、左にいってもいいって、広がってるんだ」母は段々両手の感覚を狭めながら
「それが、こんなふうにどんどん狭まってくる」とつづけた。
「なんで」
「なんででも」母はそういうと両手の平をあわせてみせた。母が珍しく口にした教訓めいた物言いよりも、その手を広げた動作の方が印象に残った。――”『猛スピードで母は』より抜粋
ジャンル:小説
評価:☆☆☆☆

芥川賞受賞作品。小説なのに小説ではないかのような、妙にリアルな感じを受けた。日常生活の何気なさを上手く切り取って描写している所は、素晴らしいと思う。そして、「母」の存在とその「母」を見守る子どもの驚くほどの冷静さ。こんなに冷静に物事を分析する子どもっているだろうか?と思ったけれど、実際は、子どもの方が、些細な変化にも敏感だし気付きやすい。そうだ、僕も思ってた。子どもだって、ものすごく世界を鋭く見てるって。何も考えてないわけじゃないんだって。いつの間にか、僕自身が大人になって、くだらない大人と子どもの境界線なんてものを、構築していた。
この小説で描かれているストーリーは、
決して世間一般でいう幸せなものではない。
でも、それなのに、読んでいてそんなにも
深刻な印象を受けない。それは、ひとえに、
「母」の存在が大きい。彼女の常識外れの行動や
一つひとつの言動が、どこかユーモアがあり、
それでいてとても深く、救いがある。
そして、それを冷静に見ている子ども。
物語は、彼の視点を通して進行する。

この本は、ひとつの家族のきずなを提示している。
2006.04.21 Fri l 小説 l COM(0) TB(0) l top ▲
9月11日からの僕のこと
9月11日からの僕のこと

”「あの国のすべての国民を殺せ」
 多くのこの国の人たちがその声を聞く。僕は平常心ではいられない。興奮する。緩やかに興奮する。僕は何かを叫びだしたい。僕はこの国の国民ではない。だから僕は、殺されない。――”『9月11日からの僕のこと』より抜粋
ジャンル:小説?
評価:☆☆
この本は小説なのだろう。実際に著者は同時多発テロがアメリカで起こった時、その場所に住んでいたらしいが、この本自体は彼自身の単なる感想のみではなく、小説として構成されているから。
ただ、主人公がそこで感じたいろいろなこと、テロが起こる前と起こった後の圧倒的な違いが、次第に浮き彫りにされていく様は正に、その場所にいたからこそ、出来る描写であろうと思う。

余談だが、この本は登場人物の会話を、所々、英語のみで表記している。もちろん、難しくは無いのだが、果たして、全く英語が苦手な人がこれを読んだ時、理解できるだろうか?と考えると少し疑問が残った。かといって、和訳を入れたりすれば、それはそれで違和感が残っただろうし、難しい所ではあるけれど・・・。

あの日、あの場所で、確かに、生きていた人がいる。彼らは、この事件をきっかけに、「変わる」ことを余儀なくされる。この本はその彼らの気持ちを想像することに役立つだろう。
2006.04.20 Thu l 考えたい気分 l COM(0) TB(0) l top ▲
人間は考えるFになる
人間は考えるFになる

ジャンル:対談形式
評価:☆☆
土屋賢二という哲学の教授と、森博嗣が対談を行ったものを収録した本。
どちらかの人を知っていないと、全く読んでもつまらないと思うし、そもそも読む気がしないと思う。
土屋という人物はある意味、一般の人に近い感覚を持っているのに対し、森の発言にはしばしば、変わっているな―と言う印象を受けた。例えば、この世界に自分が一人だけになったとしても、何十年も生きていける自信がある・・・と、言っている。これが彼の本心ならば、本当にすごいと思う。
自分は、孤独自体は肯定できると考えているし、その点では彼に近いのかもしれない。けれど、何十年も1人で生きていくということは、出来ないと思う。孤独を好んでいても、どこかで人を求めている部分が自分の中にはあると思うし、他者なしでは生きられないという事は明らかだから。

彼はやはり変わっているが、それに対して肯定も否定もしたくはない、と自分は思う。
2006.04.20 Thu l 森 博嗣 l COM(0) TB(0) l top ▲
墜ちていく僕たち
墜ちていく僕たち

”夕暮れの海辺に遠い記憶の音がするよ。

ぼうっとして、
繰り返すんだ。
知らないうちに、
消えていくよ。

僕らはゆっくり歩いた。
先輩はしゃべらない。
なんだか急に、
話すのが億劫になったし。
そんな必要があるとも思えなかったし。――”『堕ちていく僕たち』の「どうしたの、君たち」より抜粋
ジャンル:フィクション
評価:☆☆

森博嗣ということで、読んだ本。
でも、読み終わった感想としては、正直、少し期待はずれだった。本としての完成度が低いとかそういうことを言うつもりは無い。確かに、所々、先が読めてしまった部分はあったけれど、小説としては面白かったのだから。ただ、何というのか・・・自分が森博嗣に求めている部分と、この本が追求している部分が異なっていたからなのだ。具体的に言えば、例えば、「スカイ・クロラ」シリーズの、どうしようもない虚無感だとか、「S&Mシリーズ」の先が読めないドキドキ感だとかいうものが、中途半端に盛り込まれている感が否めなかった。
ただ、この本は、小説としての面白さをふんだんに盛り込んでいると思う。詳しく書くとネタバレになるので、あえて書かないけれど、小説だから成立するストーリーだし、登場人物の魅力は、個性的な会話からも十分感じることが出来る。

否定的な感想になっているけれど、森博嗣は、このような内容の小説も書けるのかと知って驚いた。かなり、ユーモラスな印象を受けたし、それを狙って書いたのだろうと思う。一見すると、こういう文章は自分にも書けるのではないだろうか?と思ってしまうが、こういう簡単な文章ほど、書くのは難しいと思う。

2006.04.16 Sun l 小説 l COM(0) TB(0) l top ▲
Fine days―恋愛小説
Fine days―恋愛小説

”ねえ、僕は・・・・・・
 彼女の細い手を握りしめたまま、僕はゆっくりと深呼吸を繰り返す彼女に胸のうちで語りかけた。
 僕は今の君が大好きだよ。彼が今の君を必要とはしなくなっても。他の誰かを選んだとしても。僕は今の君が大好きだよ。たとえ、君自身が、やがて今の君を必要としなくなっても。忘れ去ってしまったとしても。僕は今の君が大好きだよ。――”『FINE DAYS』より抜粋
ジャンル:ハードカバー(フィクション)
評価:☆☆☆☆

日常に潜む非日常を描いてある・・・そんな小説が好きなんだ・・・NZで出会った彼はそう僕に言った。その言葉は、何だか印象に残っていて、この小説を読んだ時、正にこれは彼が気に入る小説だろうと思った。
ストーリーは、どこにでもありそうな何気ない日常にそっと入り込んでくる非日常をテンポよく切り取っている・・・4篇の短編で構成されたこの本は、日常の延長線上に存在するかのような、妙なリアリティを持って、読者に迫って来る。それは、不思議さだったり、そこから生じる怖さだったり・・・上手く伝えられないのがもどかしい。読んでもらえれば、きっと僕の今の気持ちが分かってもらえると思うのだけれど。

人が生きていく上では、必ずいつか闇を直視しなくてはいけない時がくる。それは、どこまでも漆黒で先が見えなくて、その中を不安の大海原に漂う筏のように頼りなく進む自分。この本の登場人物は、多かれ少なかれ、闇に直面している。でも、光がなければ闇は感じられない。闇の存在を乗り越えるのではなく、受け入れてその上で光を求めていく・・・その姿勢はどこかにある希望へと繋がっていくのだ。

登場人物が、とてもやさしい。でも、このやさしいというのは、単純に人受けが良いとか、誰にも平等に親切だとかそんな意味ではない。どこか普通に生きることが難しくて、それでも精一杯生きている・・・その姿はある意味、清清しく、それでいて少しだけ儚げだ。

思えば彼もそんな面を持っていた。
誰よりも、彼にこの本を薦めたい・・・そう思う。
2006.04.14 Fri l 小説 l COM(0) TB(0) l top ▲
君の夢 僕の思考
君の夢 僕の思考

議論の余地しかない
議論の余地しかない

ジャンル:写真と言葉
評価:☆☆☆☆

森博嗣の本の中から、言葉を抜粋してあり、それに写真と、彼自身のコメントを付け加えた本。驚くのは、写真もどうやら森自身が撮影したらしいということだ。しかもその写真がどれも良い。
さすがだと感服した。
2006.04.05 Wed l 森 博嗣 l COM(0) TB(0) l top ▲
ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ〈1〉
ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ〈1〉


“「変わりたいと思っている自分も、変われないでいる自分も、これから変わっていくかもしれない自分もすべて自分なんだと思った、それが本当の自分だと。自分は自分でいればいいんだって、わかったの。それまでは、自分は自分でしかないのに、違うものを求めていたことに初めて気がついたの。」
 とても穏やかそうにそう言った。
――”『ASIAN JAPANESE』のあとがきより抜粋
ジャンル:文庫(ノンフィクション)
評価:☆☆☆☆
旅に出ることは、自分を考える時間を得るということだ。特に一人旅はその傾向が強い。そんなこと考えたくないと思っていても、それは、夜の眠りに就くまでの時間や、移動の際のバス、電車、飛行機の中でいつの間にか思考に入り込んでくる。
この本に書かれている日本人たちも、アジアに旅に出て、それぞれ自分の人生について思考している。その考え方が、驚くほど深い。自分と同じ20代前半の人たちでさえ、一種の悟りを開いたかのような、人生の最後にポツリと零すような言葉を呟いている。

この本の面白い所は、著者が旅でであった人たちに、数年後に再会してその模様も収められている所にある。旅が終われば何か答えが出ると思っていた若者は、でも、旅を終えて日本に帰ってきても、まだ答えを見つけられていないようだった。きっと、その答えは、一生をかけてゆっくりと見つけていくものであるに違いない。

著者は述べている。旅は人生と限りなく等しいと。ただ、その期間の長さが違うだけで、旅は人生の縮小版になりえるのだろう。

この本を読んで無性にアジアを旅したくなった。
2006.04.05 Wed l 旅行記 l COM(0) TB(1) l top ▲
北極海へ
北極海へ


“・・・・・・この川以降、ぼくは舞台をアラスカ・カナダの北極圏に移した。他の国にも行くがぼくのカヌーの主なる舞台は北極圏だ。理由は「そこが自由の大地」だからだ。自分のやることは自分で決める。自分の生活の細部まで自分の意志で支配する生活。他人や他の要素に全然影響されず、百パーセント自分の運命や人生の主人公であること。全ての幸福も不幸も自分のせいである。――
こんな生活ができるのは現在、地球上でアラスカ・カナダの原野しかない。
――”『北極海へ』のあとがきより抜粋
ジャンル:文庫(エッセイ)
評価:☆☆☆
著者がカヌーに乗って、カナダのマッケンジー川から下って北極海を目指す旅行記。その地には、原住民のインディアンたちが住んでいて、彼らと心をすんなりと通わせている著者は只者ではない。
トラベル・エッセイに良くありがちな型にはまった真面目な感じを受けなかったのは、著者の文章がどこかユーモアに溢れているからだと思う。
一番上の抜粋した部分を読んだ時、何だかはっとさせられた。自分達の今の生活は本当に便利だけれど、普段、自分はどれだけ自分で決断して物事を決めて生きているだろうか?自分のことは自分でやる。そんな当たり前のことが出来なくなっているのだとしたら、それは一体幸せなのだろうか。本当に生きる事に真摯になるのだとしたら、それは彼の言うようにアラスカに行くしかないのかもしれない。

2006.04.04 Tue l エッセイ l COM(0) TB(0) l top ▲