姑獲鳥(うぶめ)の夏
姑獲鳥(うぶめ)の夏


 何が現実で何が非現実なのだろう。自分が今生きていると思っているのだって、全て自己の妄想だと思うことだって出来る。そんなことはない、だってあなたの周りには他者がいて、その他者があなたを認識しているではないか?と言われそうだけれど、それだって、全て自分の脳が勝手に作り出したものかもしれない。逆にそうではないなんてこと、誰に言える?
 人間は主観的な生き物だ。いや、人間だけでなく、生物全てが主観的といった方が正しい。客観的なんて言葉自体がそもそもナンセンスのような気がする。他から見た自分・・・・・・という概念を作り出してから、生物・・・・・・特に人間は色々なことを気にするようになったのではないか。他者を意識することの利点ももちろんあるだろうが、その逆もまた当然のように存在する。
 話がずれているので元に戻す。人間は主観的な生き物のクセに客観性を求めたがる。だから、客観的な事象・・・・・・例えば科学などを持って、この世界に存在する疑問を全て解決しようとする。しかし、それでは解決できないものが存在する。その1つに、霊(妖怪)がある。多くは、人間が死んだ後、霊魂になってこの世界を彷徨う・・・・・・といった概念で語られるが、科学的に立証できないし、見える人と見えない人がいて、その存在自体を否定する考えも多数だ。むしろ、信じている人の方が少数派であろう。
 しかし、この小説を読むと、何が真実で何がそうではないのか、ということが分からなくなる。妖怪の存在を随所に仄めかしておいて、実は違うのだ、それは人間の思考の作り出した想像なのだ、と開き直る感じ。
 この著者の小説が大好きな人間を僕は少なくとも2人は知っている。彼らは、この小説のシリーズに登場する京極堂の博識さが堪らない・・・・・・と言う。確かに、圧倒的な説得力を持って語る彼に惹かれる気持ちは分かる。多少難解過ぎて、所々、僕は意味が取れない箇所があったけれど。
 ミステリとして、小説として、面白いと思う。けれど、何だろう・・・・・・正直に言うと、僕にはあまり合わなかった。京極の小説はクセがある・・・・・・と言われる理由がよく分かった気がする。

スタイル:小説(ノベルス)
評価:☆☆☆


2007.04.20 Fri l 小説 l COM(0) TB(0) l top ▲